もうひとつのあとがき

■ちょっとずつ、変。
柴崎 友香

 歩いていると、奇妙な家に出会うことがある。「すごく変」なこともあるし、「少しだけ変」なこともある。散歩取材のときに遭遇した長屋の一軒は、表に犬小屋と植木鉢が並んでいた。犬小屋の上には、プラスチックの金魚の池。家の小窓からパイプが伸びていて、金魚、犬、植木鉢に水を配給できるようになっていた。適量が調節できるようには思えないし、パイプのせいで窓は閉まらなそうだった。

 そんな家に出会ったとき、作った人の頭の中が見える、とわたしは思う。ここにこういうのがあったら便利だろうなーとか、やろうとしたけど途中で面倒になったとか。その人は「変」とは思っていないだろう。だってそれがいいと思って工夫した結果なのだから。作った本人以外のその家で暮らす人たちも、見慣れて、そんなもんかな、と思っているかもしれない。

 家の中には、もっとたくさんの「すごく変」や「少しだけ変」が満ちているに違いない。ごはんのメニューや毎日の習慣。もしかしてうちって変わってる? ということには、友達の家に遊びに行ったときや、誰かをうちに招いたときに指摘されて気づき、びっくりするかもしれない。

 家や物だったらひと目でわかるが、誰かと誰かの関係は? さらに一人の人間の心のうちは、もっと見えない。その人がどんなふうに世界を見ているかは、他の人にはわからないのだ。同じ場所で同じできごとを共有したはずなのに、全然違った体験として記憶されることだってある。

 最近はスマートフォンでも撮影できるデジタルカメラのパノラマ写真が好きで、よく撮っている。目の前の風景を細切れに撮影してカメラの中で一枚に合成する仕組みだ。細長い画像の端から端までの間には、わずかな時間だが時差がある。確かに現実に存在した風景からできているのに、どこにも存在しなかった風景。誰も見たことはなく、誰かの頭の中にだけある風景に似ているかもしれない。それぞれにどこかがちょっとずつ変な風景を生きるわたしたちは、いつかそれを共有できるんだろうか。違うことがわかったとき、その人とどんな話をするのだろうか。

 増築を続ける奇妙な家に住む、イレギュラーな家族を書いてみようと思ったのは、そんな気持ちからだった。

柴崎 友香

著者紹介●1970年、福島県生まれ。2011年、『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞して作家デビューを果たす。近著に『フォークロアの鍵』


「パノララ」特設ページはこちら

▲ページトップへ