もうひとつのあとがき

■「経済力」という名の香水
山崎 ナオコーラ

 女性は経済力を魅力として誇ってはいけないのか?

 私は結婚相談所に入会したことがある。「自分を母親だと思って相談してくれ」と言うスタッフに、プロフィール欄の書き方を指導され、「年収を少なめに書け」と勝手に年収を減らされた。それから、「顔が大事だから、笑顔で写真を撮れ」と言われ、しかしブスが笑ったところでビジュアルはたかが知れていた。そのあとスタッフが「この人とこの人と会え」と言ってきたので、その二人と順番に喋った。
地獄だった。相手も私に興味がないことをひしひしと感じた。沈黙、沈黙。こんなバカな時間、もう一秒も過ごしたくない、と思い、入会金を棒に振り、すぐに退会した。私の婚活は一日で終了した。

 私が一番つらく感じたのは、「経済力を誇るな」という視線だった。

 当時、私は仕事がわりと上手くいっていて、経済力にだけ自信があった。でも、結婚市場や恋愛市場ではむしろマイナスで、顔がブスならそれだけでアウトらしい。

 男だったら、顔が悪くても経済力があれば、堂々と婚活するのではないか。

「そういうものだ」と多くの女性はあきらめるのかもしれない。仕事や収入を自慢せず、控えめな笑顔だけを相手に見せて、化粧を頑張るのかもしれない。

 でも、私は納得できなかった。

 この先、十年後、二十年後の世界でも、女性の経済力は魅力にならないのか。男性は自慢するのに、女性は自慢できないのか。

「女の経済力を目当てに寄ってくる男は断れ」というアドヴァイスをいろいろな人から聞いた。だが、経済力のある男性を「できる男」「仕事の能力が高い男」として好きになるのを止めるアドヴァイスは耳にしたことがない。

 やっぱり、私は化粧を頑張らない。

 男女問わず、経済力が魅力になる世界を作ってやる。

『可愛い世の中』の主人公の豆子は、やはり顔が悪く、収入がわりと良い。結婚を決めたあと、もっと稼ごうと考え、香水ビジネスを起こす。

「経済力」「自分で稼いでいる」そういう匂いがする香水を振りかけて婚活し、男性から、「あの女の人、稼いでいてかっこいいね」と褒めてもらえる時代がもうすぐ来る。

山崎 ナオコーラ

一九七八年生まれ。「人のセックスを笑うな」で二〇〇四年デビュー。著書に『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』『反人生』『母ではなくて、親になる』などがある


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